ある日、いつも通り病院の薬剤部で仕事をしていると1本の電話が鳴りました。
私:「はい、薬剤部○○です。」
医師:「耳鼻科の△△です。お尋ねしたいことがあるのですが、漢方の当帰芍薬散をある患者に処方したいのですが、がんの既往がある方に当帰芍薬散は注意という話を以前聞いたような気がするのですが、それは事実ですか??」
私:「??」
私:「正直初耳です。調べて折り返すのでお待ちください。」
というようなやり取りがありました。
本当に初耳だったので調べてみました。
最終的にはメーカーさんにも確認をとりましたので、その内容をまとめます。
結論は、癌の既往があっても問題ない!
(あくまで私自身の考えです)
当帰芍薬散とは
まずは今回の主役である「当帰芍薬散」という漢方について紹介したいと思います。
製品名
当帰芍薬散
含有成分
本品7.5g中、下記の割合の混合生薬の乾燥エキス4.0gを含有する。
日局シャクヤク 4.0g
日局ソウジュツ 4.0g
日局タクシャ 4.0g
日局ブクリョウ 4.0g
日局センキュウ 3.0g
日局トウキ 3.0g
効能・効果
貧血、倦怠感、更年期障害(頭重、頭痛、めまい、肩こり等)、月経不順、月経困難、不妊症、動悸、慢性腎炎、妊娠中の諸病(浮腫、習慣性流産、痔、腹痛)、脚気、半身不随、心臓弁膜症など
用法
通常、成人1日7.5gを2〜3回に分割し、食前又は食間に経口投与する。
慎重投与
・著しく胃腸の虚弱な患者
・食欲不振、悪心、嘔吐のある患者
副作用
過敏症、肝機能障害等
※添付文書に記載はされていますが、特段この生薬だから出やすいというものはありません。
作用機序(一部抜粋)
・ヒト顆粒膜細胞において、エストラジオール及びプロゲステロン分泌を促進した(in vitro )
当帰芍薬散は癌に悪いの??
それでは本題に入ります。
当帰芍薬散を癌の既往がある患者さんに処方しても良いのか、という問題ですが答えは「良い」です(あくまで私の考えです)。
ですが、どうやら当帰芍薬散は癌の既往がある患者さんには注意が必要!と書かれている資料(本やインターネット上など)もあるようです。
そのように書かれている根拠は何なのか??
少し掘り下げていきたいと思います。
注意が必要とされている癌種は乳がん、子宮体がんなど
注意が必要と書かれている資料に目を通すと、数ある癌種全てではないことに気付きます。
注意が必要とされている主な癌種は以下となります。
・乳がん
・子宮体がん
など
これらの癌種を見てみると、女性に多い(もしくは特有の)癌種であることに気付くと思います。
胃がん、大腸がん、肺がん…癌と一言で言ってもいろいろとありますが、資料に載っているのは女性に多い癌種です。
どういうことでしょうか?
ヒントは「作用機序」にありました。
女性ホルモンの分泌亢進
先ほども記載しましたが、当帰芍薬散の作用機序の欄に下記のようなことが記載されています。
「ストラジオール及びプロゲステロン分泌を促進した」
エストラジオール、プロゲステロン自体の説明は今回省きますが、大ざっぱに言うと「女性ホルモン」です。
当帰芍薬散を服用すると、女性ホルモンの分泌が促進される
と、読むことが出来ます。
そこで、乳がんや子宮体がんなどを考えてみると、これらの癌腫の一部は
「女性ホルモンの働きが活発→癌化」
という筋書きがあります。
つまり、
これらのがんの既往がある方にはわざわざ女性ホルモンを活発化させる可能性のある当帰芍薬散を服用させない方が良いのではないか?
→これが、服用を控えた方が良いと言われる所以です。
結局、当帰芍薬散は癌の既往のある方にはダメなの?
以上の内容を踏まえたうえでですけど、私としては
ダメではない!
と考えています。
ただの個人の意見ではどうしようもないので、当帰芍薬散を販売している某メーカーの学術に問い合わせてみました。
すると、回答は以下のような内容でした。
「たしかに薬効薬理の欄に「ストラジオール及びプロゲステロン分泌を促進した」との記載がありますが、これはあくまで生理現象の範囲内です。よって、当帰芍薬散を内服したところで癌を活発化させるまでの促進は考えておりません。」
あくまで生理現象の範囲内であるから、当帰芍薬散を内服したからといって突発的に女性ホルモンの分泌が増えるわけではない。
よって、一般的には気にしなくて良い。
とのスタンスのようだ。
冷静に考えると、もし生理現象以上に分泌を促進するような作用があるのであれば、それはそれで別の薬として利用できそうですもんね。。
以上を再度踏まえて、△△医師には下記のように回答しました。
私:「「ストラジオール及びプロゲステロン分泌を促進した」と添付文書に記載があるため注意が必要だ!と考える方もいらっしゃるようですが、一般的には生理現象範囲内での促進とのことなので癌種によっては全くの無関係。癌腫によっては注意が必要と考えている人もいる。これが一般的な考え方のようです。」
医師:「ありがとうございました。」